大阪維新の会は2017年、行政のスリム化を目的として大阪市と大阪府の衛生研究所を統合し、独立行政法人・大阪健康安全基盤研究所を設置しました。しかしコロナ禍において、その機能不足が大阪の感染被害拡大の原因の一つになったと指摘されています。
独法化の検討会議では、府立公衆衛生研究所職員が「公衛研でしかできない分野がある」と進言しており、ここで指摘された内容はまさにコロナ禍に必要な機能ばかりでした。会議の記録からは、医療の専門家ではない特別参与や顧問が独法化に賛成し、橋下徹氏が追認した様子が読み取れます。結果として、その判断が数年後のコロナ禍で保険体制の破綻を招きました。
地方独立行政法人とは、
と、地方独立行政法人法に定義付けされています。
2012年6月5日に開催された第13回大阪府市統合本部会議からは、特別参与の「公的に行う必要性の薄いものは民間に委託すべき」との考えが伝わってきます。
(以下、議事録から抜粋・引用しますが、話し言葉そのままを記録しているものでもないと思われるため、太文字箇所の流し読みをオススメします。原文添付有)
木谷特別参与
・今の人事と予算のあり方では、ちょっと無理
・弾力的に人事が行えるようにする必要がある
・役所から委託を受けて検査するだけですので、役所自体がやる必要はないのかなと
・データを提供する、あるいは意見を提供する、それでできるのではないかなと
・効率化を重視したからといって健康危機管理ができなくなるというわけではないというふうに思います。むしろ効率化したほうが、使うべきところにお金が使える
・100人も要らないのではないかなと
・せいぜい検体を運ぶだけですので、どんなに遠くても1時間か2時間で届くと。1か所に集めたら、相当な効率化が可能であるのではないかなと
上山特別顧問
・関西の中で(公衛研は)1個だけあれば十分/大阪府の中で大阪府と大阪市と堺市と3つも要らないのじゃないかと/単なる作業だし、車ですぐだし、ヘリコプターも使えばいい
橋下元市長
・(必要な体制について)人口ベースで考えるのか、何か過去のそういう感染症の発生件数で調べるのか、だいたい何名ぐらいの体制できちんと体制を組んでおくというのが必要なのか
・独法化を軸
公衆衛生研究所企画総務部長
・民間では、精密な検査を実施する機関は、まだまだ少ない/そこまでまだ民間は育っていないのではないかなというふうに考えております
・非常にやっぱり、直営というか公衛研でないとできない分野はあるというふうに考えております。
堺屋特別顧問
・積極的に育成したら、民間でできるかもしれない
※以下、注目すべき発言です。
「民間でもできるんじゃないか」と議論を展開する特別参与・特別顧問等に対し、当時の公衆衛生研究所企画総務部長は、的を得た発言をしています。
・標準となるウイルス情報を地衛研で保有し、それと同じかどうか遺伝子検査等精密な検査を実施する。
・国立感染研に(検体を)持っていく。
・保健所と一体となって、早期に全部検査する。
たとえとして話されたこれら全ては、コロナ禍に地方衛生研究所に求められ、どの地域でも果たされてきた要の機能でした。コロナ禍を経験した我々にはわかります。
他にも『遠くても1~2時間で検体は届けられるから、一カ所に集めたら効率化が可能』といった木谷特別参与の意見や「関西に一個で十分」「車やヘリ」で検体を運ぶといった上山特別顧問の意見がいかに馬鹿げたものであったかは、容易に理解できるのではないでしょうか。
厚生労働省は新型コロナウイルス流行初期に「行政検査として、地方衛生研究所での無料検査を一本化する」ことに固執していました。病院や大学等PCRができる設備は多くありましたが、検査のキャパシティを拡充することよりも他が優先されました。その体制は2020年2月25日まで続き、3月5日頃からようやく民間でも検査がされるようになっていきます。
コロナ禍を実際に経験して分かったことではありますが、維新行政が「民間でもできる試験検査」だからという理由で下した判断は誤りだったということになります。
能力的には民間でもできる検査でしたが、厚生労働省がデータを独占したいと考えたため、地方衛生研究所として能力を有している必要がありました。
また、大阪健康安全基盤研究所・朝野理事長も、第5波と第6波の間(令和三年・年末前)、以下のように「人員・検査機器の拡充」の必要性について、現場での実態を伝える声として記事中にて言及されています。
また、朝野理事長は「今後の感染症によるパンデミックに向けた検討課題」として、
✔新興感染症のパンデミック発生時には、地方衛生研究所は、民間検査機関が参入するまでの期間、大量かつ迅速検査が可能な体制を構築することが望ましいが、行政検査としての少数・精密検査を専らとして行う地方衛生研究所のあり方について、人員面を含めて根本的見直しが必要。
✔(PCR診断やゲノム解析のための)機器のメンテナンス、更新のための財政的配慮が望まれる。
と令和4年12月末に公表された大阪府の検証報告書に意見を寄せています。
令和4年12月19日一元化施設完成式当日配布資料には「自動核酸抽出装置 10台、リアルタイムPCR 9台」と記されていますが、新型コロナウイルス流行当初、大安研のPCR検査機は2台しかありませんでした。途中から国と府の補助金で新たに1台追加し、3台が稼働するようになります。さらに2020年6月以降には、PCR検査機を2台追加し、5台で検査可能な体制になります。
事業年報より、令和元年には自動核酸抽出装置を2台購入し、リアルタイムPCR装置は3台購入されていることが分かります。令和二年度にはさらに自動核酸抽出装置を3台、リアルタイムPCR装置は4台追加で購入され、また令和4年度は、自動核酸抽出装置を2台追加で購入されています。(令和3年にされていた朝野理事長の訴えは聞き入れられたようです。)
しかし、感染症業務を担う部署である微生物部の人員を確認すると、人員拡充されたような形跡は読み取れません。
機器を新たに増やした分、検査能力は向上します。その分の人員拡充も現場からは望まれていたようですが、実際には拡充されなかったことで人員体制に問題は生じていなかったのでしょうか?
大阪維新の会が大阪健康安全基盤研究所について語る時には、広域一元化の成功例としてアピールに利用されることがしばしばあります。ですが、医療分野の専門家ではない木谷特別参与、上山特別顧問、堺屋特別顧問等が一元化・独立法人化に関わったことは、約8年後の大阪府のコロナ対策に少なからず影響を及ぼしました。その責任が問われることは今日までありません。
パンデミック時に何がどう不足したのか、少なくとも現場から声の上がっている検査機器や人員体制については、第三者目線で検証し反省すべきは反省をして、是正されることが府民のためには望ましいのではないでしょうか。
そして、今もされようとしている数々の「改革」についても、専門分野ではないアドバイザーの意見が通り、現場をよく知る専門的な意見の方が蔑ろにされていないか、行政への監視の目を持ち続けることが、我々の未来の暮らしを守ることに繋がるのではないでしょうか。
情報源
▼第13回 大阪府市統合本部会議〈大阪市HP〉 議事録(P.4~
https://www.city.osaka.lg.jp/fukushutosuishin/page/0000165918.html
保健・医療分野における新型コロナウイルス感染症への対応についての検証報告書 有識者等からのご意見(P.10)
https://www.pref.osaka.lg.jp/iryo/2019ncov/cov_kensyou_01.html
大阪健康安全基盤研究所 事業年報
http://www.iph.osaka.jp/s004/060/annualreport.html
令和元年度
リアルタイムPCR装置 3台購入
自動核酸抽出装置 2台購入
令和2年度
リアルタイムPCR装置 4台購入
自動核酸抽出装置 3台
令和4年度
自動核酸抽出装置 2台購入
西浦博氏「新型コロナからいのちを守れ!」 2020年12月10日出版
新型コロナウイルス感染症対応記録
http://www.jpha.or.jp/sub/topics/20230427_2.pdf
事務連絡(令和2年2月25日付)や通知(医政発 0305 第1号)を受けて、民間検査所における新型コロナウイルス検査が始まった。(P.246)
2月25日には厚生労働省健康局結核感染症課の事務連絡により、新型コロナウイルス検査における民間検査機関の活用が可能となり、3月5日、行政検査を行う目的で、衛生検査所を臨時的に開設する場合には、衛生検査所の登録は不要である旨の通知(医政発 0305 第1号)が出された)(P.254)
大阪府保険医協会 統合・独法化された大阪安全健康基盤研究所「PCR」など感染症部門のさらなる充実を
統合・独法化された大阪健康安全基盤研究所「PCR」など感染症部門の更なる充実を | 大阪府保険医協会 (osaka-hk.org)
参考:大阪府市統合本部特別顧問、作家の堺屋氏ら4人を決定
【日本経済新聞 2011年12月26日】
https://www.nikkei.com/article/DGXNASHC2603X_W1A221C1000000/
堺屋太一氏
大阪府・市の特別顧問を務めた後、2019年2月8日 永眠
上山信一氏
慶應義塾大学総合政策学部教授
現在、大阪府副首都関係特別顧問
木谷哲夫氏
産官学連携本部イノベーションマネジメントサイエンス起業・教育部特定教授
現在、関西ベンチャー常任理事