2020年3月、吉村知事と松井市長は西浦教授から感染拡大のシナリオを受け取り大阪府と兵庫県の往来自粛を要請しました。しかし、吉村・松井はこの策の失敗を見込んでおり後に緩和することを計画していた、と朝野氏の発言から後日明らかに。実際に、吉村知事は後に「緊急事態宣言に効果はなかった」と主張し、西浦モデルを批判し始め、代わりに「K値が合っている」と大阪のコロナ対策に取り入れ始めました。西浦教授の数理モデルはアドバイザリーボードに採用され続ける一方で、中野教授の提唱するK値は早々に指標には不適切と判断されます。吉村知事の非科学的な独断が大阪のコロナ対策に採用されていくのはこの頃からでした。
2020年3月16日、厚生労働省コロナ対策本部クラスター班の専門家作成資料「大阪府・兵庫県における緊急対策の提案」が西浦博氏(理論疫学者)達によって作成されました。
このメモには、感染拡大のシナリオが記されています。
西浦博教授は、感染症の数理モデルが専門で、突発的な感染症の流行があった時に、感染症を推定したり、致命リスク(=致死率)を推定したりするような研究を継続してきました。その分析結果を用いて、効果的な対策や予防策の提案を行うことに取り組んでいる医療専門家です。
この時、西浦氏には「警戒段階」だと位置づけ、感染対策を強化するよう呼びかけたい意図がありました。しかし、大阪府では拡大解釈され、吉村知事は大阪・兵庫間の往来自粛を3日間要請してします。松井市長と吉村知事は『大阪から全国に散らばるわけではなく、県境をまたぐ移動を止める必要がある』と誤解して受け止めたようです。大阪府と兵庫県との往来だけを止めても流行抑制には直結しません。
また、著書の中には大阪大学病院・朝野氏から「大阪の政治家は自粛には後ろ向きで、3月末まで対策を実施し、もしそれで感染が起こらなかった、乗り切れたとなれば『そんな流行は起こらなかったじゃないか』と君(西浦氏)を責めた上で、色んな自粛要請などを緩めていく」戦略だった、「政治との駆け引きに失敗だと思う」というようなことを伝えられ、直接怒られたというエピソードも記されています。
実際に、吉村知事は6月になって“西浦モデルに基づく政策の事後検証”を求めます。
『感染症対策に取り組むことを選んだ未来』と『何も対策しないことを選んだ未来』は違う結果になることが理解できなかったようで、「“42万人死ぬ”とおっしゃいましたが、実際には900人」と、西浦モデルを批判しはじめました。
「西浦モデルがどのように計算されたのか、専門家がだれも批判しません」「西浦モデル以外の指標がないかと検討し、そのなかでK値モデル」と主張し、急に第2回大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議(令和2年6月12日開催)に、大阪大学核物理研究センター長の中野貴志教授をお招きします。
この会議では「第二波に備えるために、第一波の経験、事実の分析を行う」ことが議題にされます。
第1波の2020年4月7日、安倍総理は西浦教授の数理モデルを用い「私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができる」と、初めて緊急事態宣言を発令しました。
後にされた吉村知事の主張は「3月28日にピークアウトしたんだろう」「4月7日に発出された時点で既にピークを過ぎていて、8割削減しなければ42万人が死亡するという試算は実際には合わなかった」というものでしたが、
日々公表されていた判明日別の新規陽性者数では4月9日の92名がピークでした。流行当初の当時とは違い、もう何度も波を経験したため周知の事実かと思いますが、実際の感染症の波のピークは遅延してしか知ることができません。
2020年4月6日に開催された新型コロナウイルス感染症対策本部では、4月5日 18時時点の全国の感染状況を見つつ、安倍元総理の「緊急事態宣言の発出に向けた準備を進める」とのご発言を受け、議論が進められます。
大阪府では最後(令和4年)に公表された推定感染日のグラフでさえ、「感染から発症まで3日、発症から陽性判明まで4日と仮定し、7日間は今後の新規陽性者の発生に伴い増加」するものとして直近1週間分のデータは示されていません。2022年8月でさえそうなのですから、ましてや誰もが初めて経験する第1波で3月28日のピークアウトを4月6日に知り判断することは不可能でした。国の中枢で大阪府からのデータの報告を待つ専門家達が判断材料に利用できるわけがありません。ピークアウトと判断するためには、その後の減少傾向の確認も必要になります。
「感染の伝播を止める」ための策に効果があったのかなかったのかの判断は(当時の条件で)「2週間後にしか」分からないものだというふうに西浦氏も著書に記されています。
尚、厚生労働省は2020年2月17日~5月7日まで受診の目安を「37度5分以上の発熱が4日以上続いている人」と限定していたため、この時期に実際に新型コロナウイルスに感染していた人全てが把握されていなかったことにも留意が必要です。
吉村知事は「僕がK値に注目したのは、数字がすごく合っていたからです。西浦モデルはそうなっていません。」と言いましたが、実際には、K値の考え方は日に日に現状に合っていないことが明らかになり、指標として何の役にも立たなくなります。次第に大阪府の対策本部会議資料からも消えました。しかし、吉村知事は中野教授に対し「批判的検証」を行いませんでした。
さらに、2023年4月に開催されたClimbers(起業家セミナー)では、吉村知事は西浦教授からの非公開メモを公表したこと、大阪・兵庫間の往来自粛を3日間要請したことをあろうことか成果のように語ります。
いまや「批判的検証」が健全に行われるべきなのは、非科学的な独自の考え方や判断を大阪のコロナ対策に反映させ、何度も失敗を繰り返してきた吉村知事の方ではないでしょうか?
情報源
西浦博氏「新型コロナからいのちを守れ!」 2020年12月10日出版
大阪-兵庫間の行き来、3連休中の自粛要請〈朝日新聞 2020/3/19〉
大阪が主導、兵庫と京都が追従…寝耳に水「大阪モデル」・トップ交渉なし〈読売新聞 2020/05/22〉
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200522-OYT1T50107/
第26回 新型コロナウイルス感染症対策本部 令和2年4月6日
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/gaiyou_r020406.pdf
第2回 大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議 令和2年6月12日〈大阪府HP〉
大阪府/第2回大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議 (osaka.lg.jp)
吉村「緊急事態宣言も営業の自粛も全く効果はなかったってことですか?」
中野「なかったと思います。」
6月4日 吉村知事は、知事応接室にて中野教授と意見交換していた
「専門家会議で、自粛は意味がなかったとどんどん発信してほしい」と要請
毎日新聞
吉村知事語る「なぜ西浦モデルを誰も批判しないのか」“42万人死亡”検証の必要性問う〈週刊新潮 2020年7月2日号〉
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/07011700/?all=1